いつとこ気まぐれブログ 

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カテゴリ:悲しかったこと( 2 )

知り合いが亡くなってもうすぐ1ヶ月になる。

彼は
病気と闘っていた。
同じ歳だった。
とても にぎやかな人だった。
車が大好きだった。
キャンプが大好きだった。

ボコタ君と名前がついた この車。
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外からはわからないけど、車内は改装 改装を繰り返して、キャンプに持ってこいの内装になっているはずだ。

ダンナと彼の家の前を通ってみた。
あった あった ボコタ君。
きっと奥様はこの車を形見として残すのだろうなぁ〜。

彼と うちで飲んだ時、たまたま居合わせた うちの義姉と妙に話が盛り上がって「姐御〜! 姐御〜!」と叫んでいた あなたが印象的でした。

あなたの事は忘れないよ!
ダンナと何度も振り返りながら彼の家を後にしました。


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by itutoko | 2016-10-04 21:27 | 悲しかったこと
生まれ育った実家が解体された。

誰も住まなくなって3年。 仕方ない結果だ。
家は住んでいないとホント驚くほど変化していく。

長野に帰った時は必ず実家は見に行っていたけど、次第に草が生い茂り、家の中も
なんつーか、どんよりしていて 家具なんかも無いから余計にひどかった。
とても靴を脱いであがる状態ではなかった。


うちの裏庭というか… 裏は傾斜地で、父が元気な頃はアンズの木が20本ほどあり
父が常に手入れしていたから草に覆われるなんて想像もしていなかった。

10月に帰った時、家がなくなったけど見る?と言われ 行ってみた。


横に長い石垣の下に実家がありました。
裏庭は草というよりも つる性の木がこんなにも生い茂っています。 
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この階段を上ると かつて母のお父さん  つまり…おじいちゃんの家がありました。
東京で一人ぼっちになったおじいちゃんを、父が引き取り、家を建てたのです。

私たちは ここを 「離れ」 と呼び、 おじいちゃんにご飯を運んだりすると、おやつを貰える
ものだから、姉と競争して運んで行ったものです。 「おじーちゃーん、ご飯だよーー」 と。

今思うと、なんで一緒にご飯を食べなかったんだろう。。。 きっと大人の事情があったんだ
ろうね。
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ここに「離れ」があった。 
おじいちゃんが亡くなってからは2階が増築され、姉が使ったり下宿人を住まわせたりと
ずっと使っていました。
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3年前まで住んでいた姉も 離れの敷地跡で 懐かしさに黄昏ています。
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こうして見ると、なんか違う土地に来ているみたい。 
あれ? ここだったっけ? と、一瞬迷い込んでしまったような印象でした。

そして両親が元気だった頃、みんなが住んでいた頃、お正月やお盆にみんなが集まって
にぎやかだった頃がフラッシュバックして涙が出ました。

寂しいけど、もう ここに来ることはない。
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by itutoko | 2014-11-17 11:18 | 悲しかったこと

日常の何気ない出来事や、お気に入りのもの、出会った人とのエピソードなどを中心に…気の向くままご紹介しています。


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